ベキを弔いに来た人たちが、誰かに顔を記録されていました。第17話でノコルが語った葬儀の写真は、大人だけでなく子どもも対象にしています。大切な人を見送る場所が、別の誰かを探す場所にもなっていたのだとしたら、不気味です。
集まった理由が、そのまま手掛かりになる
葬儀には、亡くなった人と関わりのあった人が集まります。一人ずつ居場所を追わなくても、そこに来た顔を記録すれば、人のつながりが見えてきます。弔う気持ちが、外から見れば関係者を探す手掛かりにもなってしまいます。
この話をノコルが乃木へ伝えることで、テントの人脈は救出の力であると同時に、狙われる側にも見えてきます。誰を頼れるかを考えていたところへ、誰が見られているかという不安が入ってきました。
子どもの顔が必要だった理由
大人の顔なら、旧テントの構成員や支援者を調べたという読みができます。子どもまで撮っていたとなると、孤児院の関係者を探していたのか、特定の子どもを見つけたかったのかと、目的の想像が広がります。
そこからジャミーンを探しているという説が生まれています。樊の孤児院への関心と、ジャミーンの力を結ぶと、気になる筋になります。ただ、子どもを撮ったことだけでは、その中の誰を探していたかまでは決まりません。
顔を見つけたあと、誰が近づくのか
わたしは、写真が人に近づくための道具になっているところに怖さを感じます。撮影の場では何も起きなくても、あとから顔と名前がつながり、居場所が分かれば、撮られた側の知らないところで危険が近づきます。
だから次に気になるのは、写真を見て反応する人です。知っている顔を見つけるのか、探していた子どもに印を付けるのでしょうか。その一つの動作が出れば、静かな葬儀の話が、現在の誰かの危機へつながりそうです。
この場面の出来事
- ノコルは、ベキたちの葬儀で鋭い目つきの集団が写真を撮っていたと報告しました。
- 撮影対象には大人だけでなく、参列した子どもも含まれていました。
- 樊林杏は、テントが孤児院を運営していたという情報へ強く反応しました。
- Xinxiは野崎とドラムを生かし、解体後のテント関係者を聞き出そうとしています。
出典・参考
本編と公式情報を事実確認の軸にしています。報道や個人の考察は、説の広がりを知るための参考として扱い、確認できた事実とは分けて記載しました。